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傷病兵輸送船Alcyone

Posted by flour






定刻遅れの兵士一名を砂浜にて回収。右肩から胸、腹部にかけてブレードによる複数の裂傷、出血多量。
右眼は刃物、或いは骨の破片による失明と推測。現地で応急処置を施されている。意識、混濁ののち、不明。譫言でひとつの名を呼ぶ。繰り返し呼ぶ。

26時間後、まるっきり死者と思われた体に意識が戻る。開口一番、甲板への移動を請うと、「死んだら新鮮なうちに魚の餌にできる」とわらう。おおよそ信じがたい生命力だ。
「故郷はあるか」と問えば「ない」と応え、しばらくのちに「ある、思い出した」と呟き、また意識を失う。

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甲板に彼を見舞うのが日課になってしまった。
落ち窪んだ眼窩の奥の片目が明るく光っている。「甲板の方が血の掃除がしやすいって好評だ」「鳥がよく見える」
彼の指す空を見上げた私は、ほんのひととき、凄惨な戦況を忘れ、彼の呼んだ名前をけっして口外しないと約束する。

彼は黙ったまま、動く左腕をもちあげて蒼穹に掌をかざし、それをゆっくりと握りしめる。
届かない鳥を掴もうとするように。











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